ガチャガチャ。
がこん、がこん。
ぐしゃ、ゴン。
ゴトン。
「……なにしてんの」
「銀ちゃん」
万事屋のキッチンで、神楽が物音を立てているので、うるさくて仕方ない銀時は起き上がった。
時刻、夜中の二時。
普段なら熟睡中のはずなのに、今日に限って神楽がなにかしている。
「ちょっと。うるさいんですよね、判ってますかコノヤロー。銀さん朝早いんだよ。てかなにしてんの?」
「明日は女の子の日アル」
「意味違うからね。いや、合ってるかも知れないけど、意味違うからね。明日ってか、もう今日だからね」
「バレンタインアル! なにか作るネ!」
「作るったって…」
神楽が「貰う」側ではなく、「作る」側になるのは珍しい。
だれかあげる相手でもいるのだろうかと、銀時は神楽を見下ろした。
「……どうせ義理チョコだろぉ?」
「違うアル。義理と人情秤にかけりゃ…」
「うるせーよ」
パスン、と神楽の頭を叩くと、神楽は不満そうに唇を突き出した。
「これは義理チョコじゃないアルよ。もっと有効活用するアル」
「……なんでもいーけどさー。もっと静かにやってくれよ」
「中々うまく作れないアル。コツとかないアルか?」
「コツったってなー…。おめー、ちゃんと湯煎で溶かしてんのか?」
「え!? 湯煎ってお風呂の栓のことアルか!?」
「んなもんでどうやってチョコ作ん気だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「冗談ネ。ちゃんと知ってるアルよ」
そうならそう言え…。と思った銀時だったが、次の神楽の言葉で本気でこいつは「湯煎」を知らないのだと思い知った。
「ウッシッシって笑う人アルね」
「そりゃ巨泉だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それから、銀時は嫌々ながら、神楽にチョコの作り方を教え、ついでだ、と思い、自分の恋人に向けて、バレンタインのチョコレートを作ることにした。
「バレンタインだぁ?」
「ああ。俺も忘れてたんだけどよ。神楽が夜中にガチャガチャうっせーから、ついでに作った。食おうぜ」
恋人の晋助のところに朝一から来た銀時は、晋助の前に生チョコを差し出す。
湯煎で溶かしたチョコレートの分量と同じだけ生クリームを加え、冷やして出来上がる、簡単だがそれなりに格好のつく手作りチョコだ。
「そう言や、おめー昔っからバレンタインとか好きだったな」
晋助が目の前に出されたチョコのひとつを摘み上げ、しげしげと見詰める。
銀時は茶を飲みながら、晋助が食べる瞬間を見詰めていた。
「……なんだよ」
「いや、美味い? って訊こうと思って…」
「はん。おめーが器用なのは知ってんからな。不味いもんなら、自信持って持ち込んだりしねーだろ」
「素直に食って素直にうめぇって言いやがれ」
「ごめんだね」
晋助がおかしそうにクスクス笑い、生チョコを口にする。
銀時が晋助の顔を覗き込むように近付き、それに気付いた晋助が、口にチョコを含んだまま、銀時にキスしてきた。
「……」
「……」
甘い。
とろけるほど甘い。
お互い見詰めあったままの口吻けに、陶酔するように暫くの時間を過ごして。
自然とチョコが溶けてなくなるまでの間、ふたりはキスし続けていた。
「……あめぇな。糖分控えろ」
「そりゃ無理だ。俺自身が糖分だからな」
「くくく…。おれまで甘党にされそうだ…」
視線が絡み合って。
そして、ふたりの影は再び重なった。
同時刻。
「おい、チャイナ娘。出来たのかぃ?」
「だれに向かって言ってるアルか。ちゃんと作ってきたネ。仕込みも充分アル」
「よし。これであの野郎をギャフンと言わせることが出来らぁ」
真撰組屯所。
総吾と神楽はお互いにチョコを見せ合った。
よりによってこの組み合わせである。
ガソリン被って花火するより洒落にならないことをしでかすふたりが揃ってしまった。
「あの野郎はまだ寝てやがらぁ。起き抜けに突撃するぜぃ」
「了解ネ。お前に指揮取られるのは癪アルが、お前の方がここは詳しいから我慢してやるアル」
「行くぜぃ!」
「おう!」
まどろみは微温湯みたいで心地いい。
そんなささやかなシアワセを感じていた土方の部屋に、神楽と総吾は突っ込んできた。
「土方ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「起きるアル! このマヨラー!!」
「ぬお!?」
ガターン! と盛大な音を立てて、部屋の襖が蹴破られた。
土方が敵襲かと思い、咄嗟の判断で刀を手にしようとしたが、総吾がその手を足で踏ん付けた。
「てめ…! 総吾!! なんの真似だぁぁぁぁ!?」
「土方さん、お疲れさまでぃ。折角のパーティーで光モノはよしやしょーや」
「パーティーだと!?」
「そうアル。いつもいつもいつもマヨしか食ってないマヨラーのことを考えて、ちゃんとプレゼント用意したアルよ」
「おめ…っ! 万事屋のチャイナ娘!! 総吾!! こりゃなんの冗談だ!!」
「まあまあまあまあまあ」
土方の手をとりあえず足でぐりぐりと踏ん付けて、総吾が神楽と共に土方の傍に座る。
土方は急に大人しくなった総吾と神楽を見て、眉間の皺を濃くしながらふたりを凝視した。
「土方さん…。世間にゃ、いい文化ってのがあるんでさぁ…」
「ぶ、文化? な、なに言ってんだ? なんのことだ?」
「嘆かわしいアル…。仕事ばっかりしてて、世間の流れについていけてないだなんて、それでも警察アルか。それでも市民の命を守る警察アルか! それでお前は一体市民のなにを守れるアルか!!」
「な、なんの話…!? は!? け、警察がなに!?」
「とにかく、どっちか選んでくだせぇ」
「は? な、なにを?」
「今日はバレンタインアル!! 普段から仕事一筋で●玉も碌に洗えてないお前にチョコプレゼントするから、有り難く感謝するアルよ!!」
「おいぃぃぃぃぃぃ!! 女の子が発しちゃいけない発言してんだけど!!」
「ま、どっちのチョコを取るか、選んでくだせぇ」
そう言って、総吾と神楽は土方の前に綺麗にラッピングしたチョコレートを差し出した。
「……え?」
「プレゼントでさぁ。受け取ってくだせぇよ」
「そうアル。ちゃんと手作りネ!」
「……え? なに? わりぃ、ちょっと状況掴めねえんだけど…」
「だから、普段世話になってる、土方さんに対して、感謝の気持ちで作ったチョコでさぁ」
「私はあんまり関係ないけど、まあマヨラーはこんなどSと付き合ってて不憫アルな、と思ったんで作ってきたアル」
「バレてんの!? は!? なんで!?」
「この茶髪が言ってたアル。スピーカーで」
「総吾ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「なに照れてんですかぃ。もう十何年の付き合いじゃねぇですかぃ」
「そう言う問題じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「まあまあまあまあまあまあ」
ふたりはラッピングを剥がし、それぞれに可愛らしい手作りチョコを土方に向けた。
「オレぁ土方さんの大好きな煙草型のチョコでさぁ」
「私は銀ちゃんに作り方教わった、生チョコネ!!」
「……」
なにがなんだかワケが判らないと言う土方だが、ふたりが瞳をキラキラさせて自分を見詰めてくるので、まあ有り難く頂こう、と考えた。
でないと、なんとなくこう、自分は殺されてしまうような気がしたので。
「んじゃま…。両方とも、有り難く頂く…」
「駄目でぃ」
「それは反則ネ」
「……は?」
「『どっちか選べ』と言ったはずでしょう」
「こいつのか私のか、どっちか選ぶアル!! ふたつとも貰ってアハハウフフするのは違反ネ!! お前のそんな姿を見たいと思ってる人なんて、とりあえずこのブログ読みにきている人の中にはいないアル!! マヨラーのクセに、贅沢するなヨ!!」
……。
一体どうしろと言うのだ…。
神楽のチョコを受け取れば、総吾は拗ねる。
かと言って、総吾のチョコを受け取れば、神楽に恥をかかせる。
(どうすんか…。総吾を怒らせんと、後々面倒だしな…。かと言って、チャイナ娘が大人しく引き下がるワケねえし…)
「早くしてくだせぇ」
「さっさと選ぶネ!」
「……」
悩みに悩んだ末。
「……総吾、わりぃな。チャイナ娘の貰うわ。有難うよ」
「やったー!!」
「ひでぇや…。死ね土方コノヤロー」
絶対零度の眼差しになった総吾だが、内心はワクワクしていた。
それは神楽も同じだった。
「早く食べるネ! 早く早く!!」
「ああ。よく作ってきてくれたな。有難うよ」
どこか父親みたいな言い方をする土方を見て、ふたりとも爆笑間近だった。
土方がチョコを掴み、口の中に入れる。
そして噛み砕き、飲み込む。
「……どうアルか?」
「うめえじゃねえか。すげえな、チャイナ娘」
「……土方さぁん…? どこか具合悪くねぇですかぃ…?」
「!?」
神楽と総吾が、同時ににたり…と笑いを浮かべた。
その瞬間、土方の腹がグルルルルと鳴り出した。
「な…!! まさか…!!」
「ばはははははははははははは!!」
「ぎゃははははははははははは!!」
「てめーら…!! チョコになに仕込んで…!!」
「下剤アル」
「超強力なもんでさぁ。どっちを取っても結果は同じだったんでぃ」
「なんだそのロシアンルーレットはぁぁぁぁぁぁ!!」
「ばははははははははは!! 土方さん、さあ巡回に行きやしょうぜ!! それも便所のなさそうな場所を!!」
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 俺ぁ行かねえぞ!! おめーと巡回なんざ冗談じゃねえええええ!!」
天国から地獄に突き落とされた土方は、結局その日、総吾に振り回されながら、街中を練り歩かされたと言う。
そしてその後を、神楽が総吾から渡された携帯動画で、一部始終撮影していた。
年明け二ヶ月で、いきなり不幸な男土方。
土方に安息の日が訪れる日は遠く果てしない。